2024.11.26 【特集/レポート3】開幕直前、本舞台のここにも注目
マクミラン戯曲×杉原邦生演出による人間ドラマを深める
まもなく公演初日を迎える舞台『モンスター』。稽古場での通し稽古を観終えてからしばらく、席を立つことができず、静かに考え込んでしまった。物語に没入したことで、作品を咀嚼するのに時間を要したのだ。観劇の醍醐味を稽古段階で味わえるとは。強いてジャンルを付けるならば、社会派ヒューマンサスペンスだろうか。劇場での観劇がますます楽しみになった。
演出は、野田秀樹、白井晃、松尾スズキなど日本を代表する演劇人からの評価も高い杉原邦生。古典から現代劇、大劇場から小劇場まで幅広く取り組む彼の演出は、観客に寄り添い、時に裏切りながら戯曲の本質を浮き彫りにし、観る者の気持ちに刺激を与え、感情を大きく揺り動かす。人間の心の奥底に潜む感情を描くダンカン・マクミランのひりひりする戯曲『モンスター』との親和性の高さは予想していたが、想像以上だと感じた。
大きく影響しているものの一つは、原口沙輔の音楽だろう。杉原とのタッグはKAAT神奈川芸術劇場プロデュース『SHELL』(2023年/作:倉持裕)以来2度目。杉原が今作の演出について「音楽によって各シーンの空間を伝えたい」(*レポート1)と語っていたとおり、原口の音楽が大きく貢献。俳優に寄り添い、登場人物たちの背景を示し、場の空気をつくり、そして観る者の心を誘導する。本公演情報解禁時の原口のコメントに「胸を直接掴むような音を作れたら」(*コメント)とあったが、まさにその感覚を味わえる。21歳の若さにして輝かしいキャリアを重ね、多くの若者に支持される理由が納得できる劇伴だ。
さまざまな音が流れる空間の中で、俳優が熱演を繰り広げる。杉原が俳優4人のポテンシャルをより高めたことにより、登場人物4人の造形が際立ち、魅力が深まった。断片的に描かれるシーンとシーンの間を俳優たちが演技で補う。風間俊介による教師トム、松岡広大が担う少年ダリル、笠松はる演じるトムの妻ジョディ、那須佐代子が務めるダリルの祖母リタ、それぞれが物語の流れの中で徐々に変化していく様は見事。トムとダリルが初めて対峙する瞬間、背中からでも伝わるトムの緊張感、敵か味方かを見定めるようなダリルの鋭い眼光、身体にも声にも表れるジョディの不安、言葉と表情の乖離によって伝わるリタの哀愁……、あらゆる心象描写を探ってみるのも一興だろう。また、視覚や聴覚のどちらか一つを研ぎ澄ませるだけでも、脳内で物語が不思議な広がりを見せることも本舞台の特徴だと感じた。どう観るか、どのように感じるか──、その選択肢は観客に委ねられる。
特徴と言えば、台詞と台詞の行間にカンマ( , )が数多く入っているマクミランの戯曲。同じくマクミランの作品『LUNGS(ラングス)』も翻訳した髙田曜子にカンマ( , )の意味を訊ねると「《( , )は、間(ま)、会話の休止、沈黙を示す。その長さは、それぞれ前後の文脈による》と、マクミランさんは『LUNGS』の戯曲の前書きに記しています」と教えてくれた。上演のため、俳優のために付けられた記号は、観る者にも間や余白を与えるのだろう。またマクミランは戯曲の冒頭に、精神分析学者で教育心理学者のブルーノ・ベッテルハイム(1903-1990、アメリカ)と、カルト集団指導者で凶悪殺人犯のチャールズ・マンソン(1934-2017、アメリカ)の言葉を添えていることも特筆しておきたい。
問題を抱えていない人間なんて存在するだろうか──。それぞれに問題を抱える登場人物4人、誰に心を寄せるかでも感じ方が大きく変わる問題作。もしかすると辛い気持ちを味わうかもしれない、けれども今、目撃しておくことで、これからの人生が変わるかも……。そう強く思わせてくれた開幕直前の通し稽古だった。
文 金田明子
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